小林時々日記
 Update 2010/7/29
昼12時
ブライアン・フェリー・インタビュー@ペニンシュラ

いつものノリで4号線にのった、途中で「霞ヶ関で事故」の表示が出る。
ヤバイ、12時に間に合うか?
車の流れが止まってしまった。
強引に電話を入れる。
「ギリギリになっちゃうなぁ、遅れるかも」

このスピードだと、こりゃやっぱり遅れるな。
また、ブライアン・フェリー様を待たせるのか?
(ベストヒットUSA タイムマシン参照)
カー・ラジオの音楽がどうもしっくりきてない。
女の子が迫力ある声で歌ってる。
別れの歌か?
「こんちくしょう」とか本音をぶつけてる。
いいね、いいね、と思ってたら英語の歌詞になった。いい発音だよ!
オヤオヤ?
日本語じゃ生きのいい女の子だったのに、英語になると突然性格が変わってしまった。
英語はカッコつける道具だったのか、おまえ?
それに英語になると、おまえの云いたい事がそこで切れてしまう。
だめだめ、おまえの歌はお嬢さん芸。
せっかく日本語でかわいくドスを効かせたんだから、
英語じゃFuck youとかScrew youとか歌えよバカ。

あ、いけないな!
車が動かなくなったもんで、頭の中が動き過ぎてるオレ。
中波のトークにかえてみよう。
そして早く外苑で出よう。

助かった!下の道は空いてる。
さあ、もう一回確認の電話だ。
「ギリギリそっちへ着くので、よろしく!」

電話をかけたトタン、オレの車線が動かなくなった。
青山通り、赤坂見附寸前。
左右の車線はすいすい動いている。
「……?」

何のことはない、前の車が前の前の車に追突している。
みんなが急いでいるんだ。

ペニンシュラに着くと、スタッフが心配して道に出て待っている。



ブライアン・フェリーはいい年の取り方をしていた。
というか65才には思えない。
この人は王さんや落合さんみたいに、人の見てない所で一生懸命努力する人だ。
平然とニコニコしてるけど、そういう努力を感じることができる。

何回もその人に会ってると、見ただけでその人の今を感じる事ができる。
今から録画するインタビューは10月に放送されるが、
きっとブライアンの「気」は伝わるだろう。



帰りの車で、桑田君のことでTV局から電話があったことを知らされる。
すぐ後で、親しい人間から、全く心配ない事も伝わった。
今夜あたり電話してみようか?

今日は二人のスーパーマンから力をもらう事になるのか?


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小林時々日記
 Update 2010/7/22
本読みを兼ねたリハーサル
電車の中、大竹しのぶと男の二人だけ
二人の前に労務者風の男が一人坐っている
それが自分。
自分のセリフ「あんたら駆落ちもんだね?」

1メートルくらいの距離から、じっとオレの目を見続けているのがつかこうへい監督。
「悪いけど、もう一回そのセリフ云って見て」
オレを覗き込みながら云う。

「あんたら駆落ちもんだね?」

よーし、セリフ変えるよ!
劇団の人がそばでつかこうへい監督が次々に発っするセリフを書き留める。

こうして自分が覚えていったセリフは全部変わった。
役柄も労務者から正体不明の人間に変えられた。
展開も変わったみたい。

電車の中がまるでミュージカルになって行く!

こうして、自分が役に合ってなかったのか、才能がなかったのかが原因で、
芝居の色までが変わっていく、つかこうへいマジックを目のあたりにしたのが…25年前。
ベンキョーになったよー、あの時は。

そのつかサンが亡くなってから、枕元に、ひっぱり出してきた「蒲田行進曲」。
きのうも5ページも読めずに眠ってしまった。

朝9時半ぐらい?
クリス・トモコがしゃべってる。
品の良いいつものしゃべりがゆるく聞こえる。
くそ暑さのせいか?
おっヴァネッサ・パラディーのボサノバ。
朝からちょっとエロいぞ、
おっ 続いてジングル?
何々? ♪アメリカンポーク アンド ジェイ ウェーイヴ!♪
そっかスポンサーの名前も入れ込んだジングルか。
けだるくセクシーにきこえたジングルのせいで、アメリカンポークがピンクに染まった。
桃色の豚肉! いいねぇ。

♪ヘッドラインニューズ♪
おっ、音楽がつながってる。
女性アナウンサーの声、かわいい声だ。
「元北朝鮮の工作員、キム・ヒョンヒを乗せた車は……」

う〜ん、音楽がつながってるもんで、
バネッサ・パラディーのベッド・ルーム・ボイスがまだ残ってる。
ふと、キム・ヒョンヒも北朝鮮も自分の頭の中でピンクに染まってるのに気がついた。

もう、朝からムード作りがうまいんだから。おたく達。J−WAVEっていったっけ。

そばを建設会社の車と郵便局の軽がスっ飛ばして自分の車を抜いて行く。
アイツ等、他の局を聴いてるにちがいない。

そこで他局をチェック。
で、わかったのですが、J−WAVEをマネてるところが目立ちますね。
いや、ちょっと車を飛ばしたくなる局もありました。



夕方5時半に事件!
NACK5の片岡さんからもらった東京ドームのチケット。
封筒を開けて確かめなかったオレも悪いんだけど、
巨人、ヤクルト戦!

広島は今、大阪にいるはずなのに、おかしいと思わなかったオレ。

そこで問題です。
「私は東京ドームで巨人・ヤクルト戦を見たでしょうか?」


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小林時々日記
 Update 2010/7/8
弱ったな電話インタビューだ。
時間がないのになぁ、早くかたずけよう、カンタンに答えよう。

「洋楽が売れなくなってること、洋画も字幕ではなく、吹き替えが増えていること、
これ等は若者の英語ばなれでしょうか?」
違います。ただ単純に解りやすいからです。

「若者の海外旅行への熱がさめているといわれますが?」
海外旅行は高いからです。

「車を買わない若い人が増えているのですが」
車を持たない方が経済的だからです。
NYあたりは車持たない人多いですよ。

「着るものに金をかけなくなっているそうです」
安くていいものがいっぱいあるからです。

「地上波のTVを見る人が減っています」
つまんないからです。

「女性に興味を持たない若い男性が増えています。」
ほんとですか?
「ほんとうです。」
時間や金を含めて無駄な努力をしたくないからだと思います。


要するに、最近の若いもんはやっぱり草食系とか、なんとか、結論づけようという企画のようで、
こんなのいやだとも云えなくて、ホントに時間がなかったので、先回りすることに。


最近の若者は二極化しています!
「どういうことですか?」
ほら最近よく云われるでしょう、「格差社会」って、あれです。
「ビンボーとカネモチとかですか?」
そうです、格差が広がるばかりです。
ボクのまわりにも二極化がいっぱいです。
サッカー見るバカ、見ないバカ
選挙行くバカ、行かぬバカ
AKB行くバカ、行かぬバカ
同じバカなら?
「行かなきゃ、ソンソン!」
そうで〜す。


これで良かったですか?


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小林時々日記
 Update 2010/7/1
カメルーン戦、試合開始の前に風呂に入って、TVを見たら、日本が勝った。
オランダ戦の前、急いで風呂に入ったが、日本は敗けた。どうしてくれる。

試合前の番組が長すぎる。
7時にTVの前に陣取った。といっても一人だけ。
試合が始まったのが8時半。

おかげでレアな数秒間をキャッチした。
日本のスタジオにいる宮本(元キャプテン)の発言を見る現地の中田の目付き。
中田の目は「お前にゃそんな偉そうなこと云える資格はねえだろ!」と言っていた。

いや確かに言ってるように見えた。

後になってきいた話だが、スタッフが二人に気を使った、と云っていた。

自民党とコカコーラのコマーシャルが目立った。
気になって気になって。

電通扱いだから後できいてみるか。

中村俊輔。どうもパッとしない。
あれは絶対おかしい。
「一人だけ仲間はずれ」を感じてしまった。

サッカー通が云うには、中村はイメージとは違って天狗になるタイプ。
有名な本田がオレに蹴らせろ!といった話。
ピッチで本田が「オレに蹴らせろ」と云ったのを聞けたのは、中村本人しかいないはず。
つまり、中村が本田ってヤツはオレにこんなこと云うんだ!と云いはじめた。
それが広がった。
だから中村はそんなヤツ。
なのか?
マジ?

ブブゼラの音を録音し損なった。
ブラジル・オランダ戦をサンプリングしよう!

パラグアイ戦の金田喜稔は解説に力が入ってた。
熱くなると広島弁になるんだもん。
というか興奮度が広島弁でわかる。
その度やはり広島出身のヤザワを思い出してた。

翌日夜、犬の散歩途中最近知りあった、近所のイタめし屋経営の若いイタリア人に出会う。
負けた国の人間同志の会話となった。

彼が「近くでお祭りやってるよ」っていうので行って見ると、
永福町のマクドナルドの閉店で盛り上がってる。
閉店なのに楽しそうに見える。

彼もマクドナルドは右肩上がりの景気良さなのを知っていた。
彼も経営者なので、店はネ、いい所はどんどん伸ばしていく。
中途ハンパは切り捨てる。
そして伸びて行くんだと説明してくれる。

疲れた松井を引っ込めて、元気な岡崎を出すみたいにねって。


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HAWAII CALLS
K.C KIUCHI
 Update 2010/7/21
クラシック

こぞって、知り合いが多く訪れる地ハワイである。
ハワイ島のコナにいた頃は、ほとんど来客と云うものがなかった。
かなり近しい友人や、家族のみであった。
それがホノルルに越してきて、1ヶ月で一人も知り合いが来ない月はない。
それはそれで、自分が楽しいのでよろしい。
20年も会っていなかった元同僚や、元上司などもホノルルにいるから声をかけてくれる。
僕がドバイにいても、声をかけてくれるかと云ったら、もちろんNOであろう。
来客はいない時の自分の生活は至って静かで、
地方に転勤になった単身赴任者の「それ」とさして変わりない。
これがハワイ島のホノカアあたりに住んで電話もなければ、
少しはホームシックになるやもしれぬが、
ワイキキの中心まで自転車3分ではそれもない。
それにしても最近、古き良きハワイを探すのは、むずかしいと云うことをつくづく思う。
「たまにクラシックないいハワイを見せてよ」なんて、無理難題をリクエストする困った御仁がいる。
そのお陰で、ない頭を振り絞り検索につぐ検索、予約につぐ予約を重ねるのは、
このブログを書くよりはるかにハードなのは、云うまでもない。
そして今回いつも通りがかり目にしていた、ハレクラニホテルのショーを見てきた。
バーやププ(つまみ)をオーダーすれば、無料で見ることができる。
これの何がいいかと云うと、音楽である。
もちろんロケーションも、最高である。
夕暮れ時の美しい景色を眺めながら、コンテポラリーなハワイアンが聴ける。
このコンテンポラリーは、へたな奴がやると臭すぎで、大御所がやるとオーバーである。
適度なのがいいが、この適度がむずかしい。
ハレクラニのは、ゆっくりした曲を丁寧に歌う。
これは非常にいい。
どこがいいかとふと考えたら、「伝統」があるのだ。
みんなが知っている、オーソドックスなものもやってくれる。
フラの踊りも、有名な元ミスハワイがやる。


もうひとつ、クラシック感を得られる場所があった。

ニューオオタニカイマナビーチホテルの、ハウツリーラナイ。
ここの朝食は、ほんと静かでいい。
ワイキキの喧噪とは格段違い。
土曜に行ったが、常連の客ばかりで、朝からシャンパンを飲んでいる優雅な人々がいた。
いつも土曜に来ているという、雰囲気が漂っていた。

僕も習慣にしたいものだ。

しかしこの文章を書いている時のBGMは、やはり日本の曲でない方がはかどる。
ハワイのことを書いている時は、やはりホノルルのF.M局かハワイアンがいいみたいだ。
「上野発の夜行列車降りた時から〜よりホノルルシティライツ〜」の方が進むのは至極当然か………。


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小林時々日記
 Update 2010/6/25
もう消費税? それも10%?
ムダや天下りを無くすんじゃなかったの?
殆んど昔のままじゃん?
やっぱり、どこの党がやっても日本は変わんないのかな?
日本変えるには「外圧」とか戦争に負けるとかしかないのかなあ。

ここでアメリカ人の友達の意見をきいて見よう。

「事業仕分けは茶番だった! 大した効果なし!
本当に無駄を切り捨てるんだったら、根から絶たなくては。
アメリカやニュージーランドがやったみたいに、
中途半端な団体は全部潰してしまうんだな。
それは、ほんとにつらい事だよ。
自分の身を切って捨てることだから。
でも、その後だったら、国民も消費税に文句は云わないよ。」

どうですか?このアメリカ人の意見。
みんながわかってるんですよね。
その通りだって。
でもそんな残酷なことできないよなあ。

白状します。
ボクにはアメリカ人の友達なんかいません。
ただ、アメリカ人がこう云ったって云えば、
みんなが、「そうなんだよね!」って云ってくれると思ったんです。
ボクも「外圧」を待ってます。


イギリス人の友達が云うんだよね。
「サッカーはロックじゃないよ。
あんなにチームのための団結をいうスポーツはないよ。
もっとわがまま、わがまま!
それにサッカーの歌ってなんでダサイ曲ばっかりなんだよ。
サッカーの歌はロックしない。
魂がない。
安っぽいエロ歌、歌ってるほうがもっと人間らしい。」


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HAWAII CALLS
K.C KIUCHI
 Update 2010/7/6
潤うか?

ハワイの経済も、ご多分に漏れず悪い悪いと云っている。
しかしアメリカ本土などに比べると、まだまだ衰えは感じない。

そんな折、テレビドラマや映画の撮影が頻繁に、ここオアフではおこなわれている。

皆さんご存知の「ロスト」。
これから放映される「ハワイ FIVE O」。
映画の最新作「猿の惑星」。
これはかなり、ハワイ経済に貢献しているとニュースでやっていた。

その中でも僕が楽しみにしているのは、「FIVE O」。
1968−1980年まで放送された、人気テレビ番組。
1話1話、完結のわかり易いストーリー。
主役のマクギャレット役ジャックロードは、常にハワイでの撮影があった為、
番組終了後も生涯ハワイで過ごした、ハワイに魅せられたひとりであろう。
未だにハワイでは、夜20時から放送がある。
今見て、何が楽しいかと云うと、日本人の持つハワイイメージが、山ほど登場することだ。
カハラにしても、アロハタワーにしても、ダウンタウンにしても、かなり情緒が漂う。
また良く出てくるのは、犯罪をホノルルで犯し、アメリカ本土や外国に逃げるいわゆる高飛び。
今「太陽にほえろ」や、「Gメン75」などを見たら、出てくるかもしれぬ高飛びシーン。
ホノルル空港で犯人を捉えるところなど、空港も飛行機も何かやたらにかっこ良く、それでいて懐かしい。
リメークされたFIVE Oも、秋から始まる。
好評だと、また続編が出るであろう。

猿の惑星は、どんなストーリーになるかはわからない。
しかしハワイには、「惑星」を演出する何かがあるのだろう。
こちらもかなり、楽しみである。
自然以外に娯楽と云うものの少ないハワイにとり、これらのエンターティメントは注目されている。

これらがうまくいけば、ハワイ経済にもたらす貢献度は多大なものとなる。
期待しよう。


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HAWAII CALLS
K.C KIUCHI
 Update 2010/7/6
誰もいないプール

まだプールに、人影はない。
建設中の、コンドミニアムだ。
今世界不況の中、建設する勇気も賞賛するが、このあたりの交通渋滞の酷さに瞠目する。
カラカウア通りに面するこの建物は、2008年着工。
昔は汚いアパートと、かなり怪しいディスコと、キワドイ下着などを販売していたエリア。
それにしてもここ数年と云うか、このコンドの建設が始まってからワイキキの渋滞は強烈だ。
辺り一面、どこもかしこも渋滞。
おまけに別件の配電線の工事や、水道の工事なんかが重なったら、もう目もあてられぬ。
しかもこの着工に伴い、ホノルル警察の警官が、朝7時から16時まで付きっきり。
日本なら道路整備の人が、やるべきであろう仕事が、警察官に委ねている。
これも凄い。

と、コンドの売れ具合はどうかと友人に聞くと、あまり芳しくないそうである。
何せこの時勢に、8000万と云う価格である。
未だアメリカの住宅ローン金利5.5% を考えると、一般人には到底手の出る代物ではない。
しかしあるところにあるようで、ぼちぼち売れているとも聞く。
ホクアと云う以前発売された超高級コンドは、下のランクで、
1億円と高額にも関わらず、完売だったのは記憶に新しい。
その当時はイチローが買った!クリントンが買った!などと取りだたされたが、
ほとんどが大嘘だったらしい。

と、トランプタワーのステーキ屋の評判はかなり良いが、
コンド自体の評判はどうなのだろうと気になってしまう。

さて日本は梅雨に入り、じめじめしていると思うが、
ハワイは5月からようやくハワイらしい天気になってきた。
毎日貿易風が吹き、特に夕方はアリゾナやネバダのような、抜けるような青空を見ることができる。
今月は、独立記念日のウィークエンドで、アメリカ本土からこぞってやってくるのでかなり渋滞する。
ちなみにアメリカ西海岸から行きたい観光地に、ハワイは常にトップ3に君臨している。

いつこの誰もいないプールが、大盛況になるのかと、考えてしまった昼下がりであった。


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小林時々日記
 Update 2010/6/17
洋楽の名曲を自分なりに翻訳して、原曲のイメージをなるべく忠実に伝えるという、
自分の得意ワザ・コーナーで70年代のヒット曲「アメリカ」の
VENTURA HIGHWAYを取り上げた。

爽やかなカリフォルニアの歌だと思うでしょ?

ギターのリフもサビもホントにいい感じ。

でもね、3番にPurple Rainってのがでてくるんだね、これが。

プリンスのPurple Rainの10年以上も昔の歌だよ。
プリンスの場合、Purpleは「エロティック」の意味もあることだし、
プリンスはPurple Highness「紫殿下」ってニックネームがあるから、
気品とエロさの混じったPurple。
朗読の際「ムラサキのアメ」をわざと「ムァーラサキのアーメ」って読んだんだね。
マーラサーキってきこえてイヤラシい感じ?

でも、これもだいぶはずれてる。
なーぜか?

ジミヘンのPurple HazeってLSDのことなんだよ。
プリンスのPurple Rainでのギターはまるでジミヘン風。
それにプリンスのPurple Highnessって
パープルなハイな状態ってイミも入ってくるわけ。

だからPurple Rainは「しびれる雨」あたりが一番近い訳になるのかな。

でも、でも、アメリカのVentura Highwayに出てくる
Purple Rainは、どうも「雨」ではないニュアンス。
するってーと答えはただ一つ。

スラングで調べると、ありましたあー!
PCP幻覚剤の一種だってさ。
まいったまいった。

つまり、この歌の正体は、主人公はどうも60年代からのヒッピーで「ジョー」って男。
流れ流れて、黄金に輝く、自由の風が吹くVentura Highwayをめざすってわけだ。
3番でPCPにやられたジョーに「名前を変えて、ここにずっと居なよ」って
下世話なパートがあるから、よけいにこの歌くるのかな。

70年代って、いい曲、必ず麻薬がからんでます。
みなさん気をつけてよ。




P.S.
アメリカの最初の大ヒット曲、「名前のない馬」
Horse with no name。

いっておきますが、「Horse」はヘロインの事。
イニシャルが同じだし。

この歌
HorseにのってのTripの歌だと考えると、とても解りやすいです。
ほんとに気を付けてよ。


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FM
◆某大学教授 阿南東也
 Update 2010/5/25
私が縁あって住んでいるここ名古屋は、日本の民間放送発祥の地である。
何十年前のことかは憶えていないが、とにかく日本で初めてNHK以外の、
民間資本による電波放送が許可されて、第一声が流されたのがこの場所なのだ。
中部日本放送、現在ならテレビと一緒にCBCとして知られている局だ。
その記念碑も立っている。
その日本の放送の歴史上重要な場所で、再び歴史的な事件が起こった。
今度は、不名誉な事件である。
全国で初めて、コミュニティFMを除いて、
放送局が経営破綻から閉局、放送免許返上に追い込まれてしまったのである。

愛知国際放送、通称Radio‐i(レディオ・アイ)。
今年9月末で放送を終了すると発表した。
2000年4月から放送を開始し、開局10周年を迎えたばかりだった。
東京だったらInterFM.関西だったらFMcocoloなんかの
Meganet系列の、最も外国人DJが多く、
最も洋楽のかかるタイプのFM局だった。
洋楽不毛の地と呼ばれたこの地方を開拓しながらもダンス系に偏りがちで、
私が大嫌いだったドクター・ボンベイのようなキワモノをプッシュすることもあり、
対象年齢層がやや低いと思われたZIP−FMに対抗し、
ターゲットを上の年齢層に絞り、
オルタナティヴ、ソフトロック、オールディーズ、ジャズ中心の選曲で、
大人の雰囲気の局として、ドライヴ中もCD要らずで
他の地域の住人からも羨ましがられる存在だった。

克也さんの声が流れたのは、
全局ネットの清志郎の追悼番組のとき一回だけとなってしまうかな。
克也さんがZIPに居た頃に一緒にやっていたクリス・グレン、
佐野瑛厘さんも後にこちらに移籍して頑張っていた。
ここ一年、カツヤコバヤシの音をかすれた電波で聞き取って自分のDJネームにした、
あのカマサミ・コングも月金帯番組をやっていた。
かく云う私も好きな局だった。
克也さんがZIP HOT 100をやっていた頃も実は日曜だけZIPで、
その他の曜日は専らRadio‐i、試験電波放送の時からそうだった。
最初の数年間はDJも素人っぽく、
リスナーの数もそれほどいなかったらしく大切にされ、
リクエストはほぼ毎日100%かけてもらえていた。
ことに私個人は必ず英語でメッセージを送り、
ご想像のとおりに捻った曲をリクエストするので局内でも有名だったらしい。
後に関係者から聴いたんだから本当の話。

数年たち現場に業界の人たちが相当入ってきたらしく、
リスナーもリクエストも急に増えたわけではないだろうのに、
あるクールから突然リクエストが採用されなくなった。
そのことについて、DJ本人から、方針の転換だ、僕も不本意だ、申し訳ない、
と私の家までわざわざお詫びの電話をもらった。
またアメリカからの録音番組にリクエストを出した時も、
ありがとう、でもこの番組は録音で
君のリクエストが聞けるのは多分一ヶ月以上後だよ、
これを君に知らせたことは内緒にしてくれ、とメールが来たりした。
そんなところも普通の放送局らしくなくて好きだった。

ところがその方針転換でリクエスト採用率が下がった時期と、
私自身がインターネットのストリーミングで
海外のラジオ局を探すことにハマッた時期とが重なり、
かなり電波ラジオから離れていた。
しかしつい最近、日曜日のクリスと佐野さんの新番組が面白くなって
また戻りかけていた。そんな折に飛び込んできたニュースだった。

確かにAMラジオのように幅広い年齢層を囲えるタイプの局ではない。
開局以来黒字決算が計上できたことは一度もなく、
2010年3月期には累積赤字が28億8000万円に達していたという。
この数字を見たら、逆によく10年ももったな、という気さえしてくる。
開局当初は複数の企業の出資があったが、
2008年から興和製薬の子会社となった。
その年からの更なる不況により、広告収入の低迷から脱することができず、
今後も収益改善が見込めないと判断されたという。

いろいろなことを考えさせられた。

所詮私はマスコミ内部の人間ではないが、
一年間NHKで委託専門家として働いた経験もあり、
他にも番組制作の手伝いをしたり、
少しだけテレビに出たり新聞にコメントを載せてもらったり、
こうして名誉にも克也さんとお付き合いさせていただいたり、
ほんのちょっと裏を齧ったことのある輩から見て、
現在、ラジオのみならずマスコミ全体が危機に瀕しているのではないかと思う。

不況からあらゆる業種の企業が宣伝費をカットし、
それがメディア側には制作費にもろ響いてくる。
しかも受け手のニーズも多様化しているから、
テレビに限って言うならどんな番組を作っても
キラーコンテンツに化けることが期待できない。
硬派ドキュメンタリーだめ(ああ、水曜ノンフィクション)、
音楽番組だめ、巨人戦だめ、水戸黄門も一桁、
キムタクを主役に擁しても20%が確実でない。
だから今のゴールデンには、どこの局にも、内容部分は下請け制作会社に作らせて、
スタジオではいかにもギャラの安そうな若手お笑い芸人とか
グラビアアイドルとかを集めてその素材を見せて
軽いノリのコメントをテロップつきで出させる、
そんな安上がりのバラエティ番組がずらっと並んでいる。
これは個人的には末期症状ではないかと思っている。

経営基盤の小さいラジオはもっと大変なのだろう。
実はここ名古屋では既にコミュニティFMが二つ経営破綻を起こしていた。
西鉄が買収して危機を逃れたという九州のLoveFMも同様の状態だったのだろう。

考えさせられたもう一つのこと。

それは受信者側とは微妙な立場だなあということ。
手っ取り早くいえば、無力なフリーライダーであることを改めて実感してしまった。

私は克也さんの番組を含めZIPから色々なプレゼント、
giveawayを頂いていたし、Radio−iからも色々頂いていた。
リクエストもかけてもらったし、音楽情報ももらった。
しかしそれらに何も代償を払っていない。
民間放送を支えるのはスポンサー企業であり、
それにだめといわれてしまえば、ラジオの場合、
リスナーにできることはほとんど残されていない。

ある映画を思い出した。
タイトルはそのものずばり“FM”。

1978年公開で、映画としては二流以下のほうだろう。
日本では公開すらされなかった。
私はVHSを輸入し、幸いにもコピーガードがかかっていなかったので
DVDに落とせている。

スティーリーダンに“FM”という曲があるのをご存知の方のほうが多いかもしれない。
実はこの曲はその映画のテーマ曲なのだ。
LAにあるとされた架空のFM局を舞台にした映画なので、
サウンドトラックが77年頃、
ウエストコーストが一番輝いていた頃、
イーグルス、ドゥービー周辺のアーティストの曲がレーベルを越えて
ぎっしり詰まっており、そういうのが好きな私にとっては涙物だった。
このサントラCDは簡単に入手できるのでお知らせまで。

QSKYというFM局、
朝時間帯の人気DJジェフが現場の指導者的な役割もこなしていたが、
ある時、オーナーから、もっとCMの時間を増やせ、
そして軍需産業関連企業が資金を増やしてくれるのでそのスポットを多く流せ、
と圧力をかけてきた。
ジェフはそれに反発し局を辞めてしまう。
しかし仲間のDJたちが局を占拠して、
方針転換に反対し、ジェフを呼び戻す放送を流し始めた。
これを聴いたリスナーたちも同調して占拠に参加して大運動になった。
結局オーナー側も音楽好きな理解のある若者に取って代わられ、
元の鞘に納まる、といったありがちなストーリーだった。

今回の件で、DJがストライキを起こしたり、
それにリスナーが同調したりしたとしても何にもならないだろう。
方針転換ではなく経営破綻なのだから。

それでも、DJとリスナーとの関係に関してひとつのヒントがあるかもしれない。

停波がニュース発表されて以来、DJのブログやツィッターには、
残念だ、何とかできないか、何かできることはないか、
といったコメントが寄せられている。

DJの側からも、何とかしたい、という気持ちは同じなのだろう。

克也さんにとっても「畏友」であろう、クリス・グレンの発言を引用させていただく。

やっぱり、ラジオは素晴らしいメディア!
RAIDO−iを聞いてくれているリスナーは、たくさんいる!
必要としてくれている人がいる。
愛されていると感じました。みんなありがとう。

「ばかじゃない?」「そんなの無理だよ」
何を言われようと、僕は「今、僕ができること」をやります。動きます。
それは「放送終了まで、いい番組をオンエアしますよ」というコトだけではないです。
とにかく、いろいろです。

僕はラジオが大好きです!ラジオを愛しているし、
今もすばらしいメディアだと思ってます。

時代に合わないとか、古いとか、何と言われようと、この愛情は変わりません。
この愛情は武器だと思っています。
夢や愛情だけでビジネスができないことはわかっているけど
ラジオやRADIO−iに愛情を持っていれば、
リスナーに愛情を持っていれば、結果は違ったと思っています。

リスナーとつながっていたのは、僕たちDJです。
ただの雇われDJかもしれないけれど、リスナーとDJというのは友達なんです。
心が通っている、つながっている仲間なんです。

その友達を簡単に裏切ることはできません。
「今、僕ができること」をやって、良い結果が出せるかどうかわからないけど
僕は、誠意を持って、頑張りたいと思います。
「クリス・グレンのどーも!どーも!どーも!」6月18日


本音なのだろう。

確かに今は誰もが苦しい時代だし、
実は私の本業の業界だって他分野に気を回している余裕はないくらいなのだ。

私も立場は違うがラジオが好きだし、
だからこそ克也さんもこのお仕事を下さったのだと思っている。
その好きなラジオに大きな変化、そしてそれは必ずしも好ましくない形でおき、
それは自分が最も好きな局でたまたま起こってしまった。
無力であるけれども、何かできることがあればしたい、という気にはなる 

書いていて、自分でも何が言いたいのかわからなくなってきた。
所詮素人であるし、もっと考えを整理してから執筆するべきだったかもしれない。
この件に関して「何か」が起こればまたここで取り上げるだろうし、
起こらなくても、おそらくモバHo!のときと同じように
最期を看取る(聴き取る)ことになるだろう。
そのときまで、クリス、佐野さんをはじめ、この局の行く末を見守っていきたい。







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小林時々日記
 Update 2010/6/17
OKAMOTO’Sって若いグループがゲストにくるというのでCDをきいた。
宣伝用の文を読むとパンクっぽいイメージ。
CDを聴いても「悪い子」らしくない。
「良い子」に聴こえる。

会うとみんな「良い子」だった。
オタクだった。

スタッフが、あの子達みんな有名な人の二世なんですよって教えてくれた。
親の名前は云っちゃいけないことになってる。

でもファンはみんなそんなこと知ってるらしい。

何なのソレ?




DRUMSがゲストだってことでネットでチェック。
NMEのインタビューを読んで知ってたけど、MY SPACEの映像はウイウイしい。
「サーフィン」のビデオはCOLDPLAYのYELLOWの海岸での
ワン・カットのパロディみたいだけど、インタビューでそれとなく確かめよう。
若いのに、歌詞や音や絵に全くムダがない。余分なものがない。
モノを造るには「捨てる」事が一番難しい。
彼等は捨てる天才か?ちょっと年寄り臭い?
どうも、あの「エコー感」に秘密がありそうだ。

彼等はオタクだった
少なくとも二人は。
中心のジョナサンとジェイコブは2人が12才の時、サマーキャンプで出会ってる。
金持ちの息子?
ユダヤ系?
その時もうアナログのシンセでクラフトワークやJoy Divisionとかやってて
絆ができた。

「エコー」についてきいた。
「企業秘密」だって、カワイイね。

オタク、恐るべし。


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小林時々日記
 Update 2010/6/3
スペイン坂スタジオ生放送に、いしわたり淳治と砂原良徳が登場、
みんな気付いたかな、面白いパワー光線が出てた。凄い二人だ。
Lou ReedのWalk on the Wild Sideを訳詩、朗読し、
二人に放送上でプレゼント。
いしわたり君はキョトンとしてたが、引っかかってた。
砂原君にはよ〜く知ってる世界。
40年前の「時代を引っ張る意気込み」は形を変え、
二人の中にちゃんと入ってる手ごたえ。嬉しかったね。
曲はゲイやジャンキーやハスラーが登場するが、
Walk on the Wild Sideを「人生、凄い方の道を歩く」と訳した。
自分では最高に気に入ってる。
ちなみに、CDでは「人生、裏街道を行く」と訳されてた。これも正しいけどね。











ベスト・ヒット・USAにThird Eye BlindのStevenがゲスト。
ヤッパリこの男の才能でこのグループは持ってるってわかった。
数年間、無活動状態だったが、やっぱり会社ともめてたのか?
30分後Ke$haがやってきた。
急な階段を屈強なボディガードの手を握り、
支えられながらスタジオ入りする姿を見たスタッフが、
ヤッパリ何かヤッてるんですかねぇ?って云ってたが、
あれ、絶対ヤッてないね。
英語の単語が出てこないオレをずい分助けてたもんね。
逆に、オレがヤッてるって思ったんじゃないか?
Your love is my drug.
「あなたの愛は私の麻薬」
ホントは素人も避けるような、あざとい歌詞をカンタンにNO1にした彼女は、
凄いセンス持ってるって気付いてあげなきゃ。











WOWOW制作のTVドキュメンタリーに司会進行で出演。
ラジオが危機、でも新しく進化も遂げようとしているというラジオ応援の内容。
実は撮影する前のスタッフとの話が面白かった。
「ネットやツイッターを同時に取り込んで盛り上がってる番組が増えてるんですよ」
「それって、最終的にはラジオ局は要らなくなるよね」
「目が見えない人やドライバーはそんなの参加できないじゃん」
雑談はしばし続いたけど、最後に、「東京にラジオ局が50局あればいいんだよ」
って事でハナシは終わってしまった。
アメリカみたくさ、一つのラジオ局は数人の社員で充分。
50局もあれば、みんな激しく競争するよ、聴取率ベスト5くらいに入りゃ、
ウッハウッハ儲かるよ、ラジオが元気ないなんて言う奴いなくなるよ。
なあんだ、結局、ラジオ局の免許かあ!
官僚政治が悪いんじゃん。


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HAWAII CALLS
K.C KIUCHI
 Update 2010/6/8
別れ

写真は京都駅のホーム。
雨が降ったあと、急に日差しがたちこめ、街が明るくなった時、
この少女は東京行きの新幹線から降りた。
その新幹線には、誰か大事な人がそのまま降りずに乗っていたのであろう。
何か今生の別れのように、一生懸命に手を振り続けて列車を見送っていた。
今の日本のテレビドラマを見ないので、
昔あったドラマの一場面を見ているようであった。
僕はいつの頃か人生が、「旅」となってしまい、
こう云う光景を多く目にするようになった。
駅、空港は特に、感傷に浸れる場所である。
よくよく考えてみれば、前職が旅行会社だったこともあり、
ただひたすらに客人を見送る立場にいた。
ロスの空港も、サンフランの空港も、ラスベガスの空港も、
コナの空港も、ホノルル空港も、である。
それが何故か、最近見送られる場面がいくつかあった。
若い頃は、おくり人を振り返って見ないと云うのが、自分の中にあった。
歳のせいか、見送ってくれる人が最後見えなくなるまで見てくれていると思うと、
こちらも手を振り別れることが多くなった。
ふと送る側と、送られる側に、どんな違いがあるか考えてみた。
送る側は当然の事ながら、自分の生活の場から送り出すので、
大した感傷も湧かないと云っては味じけないが、
さして日常から変わりないではないか。
しかし送られる側は、相手の本拠地にいる訳で、
(また当分会えないだろうなー)とか
(もう一生会えないかもしれない)などと想像すると、
ついついセンチメンタルな気分になる。
それが20歳同士の別れであれば、「じゃーまたな!」と軽くいけるのであろう。
僕は27歳でアメリカに旅立ち、そのままいついてしまった。
今は行方不明となっている高校時代からの友人は
送別パーティの鍋が終わり、東村山の駅に送ってくれた時、
ホームで、「おい。行くなよー」と男泣きに泣いてくれた。
その時の僕は若かったのか、未来を楽しみにしていたのか
(おいおい泣くなよ)と思いはしたが、親友の言葉に揺れ動くこともなかった。
しかし今考えると、人間の未来など予測できないなと思う。
この場面を思い起こすと、あの時もう少し温かい言葉を云ってやればなどと考える。
やはり歳をとったと、云うことであろう。
今日もホノルルの空港では、出会い別れを繰り返しているであろう。


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You’ve Got a Friend
◆某大学教授 阿南東也
 Update 2010/5/25
なんで東京と横浜でしかやらないんだ。日本の一極集中に毒されていないか。

などとぶつぶつ文句を言いつつも、やっぱり行ってしまいました。

仕事がらみの出張ではない、子供を連れての行楽でもない、
自分ひとりの娯楽(?)が目的で地元以外のところに遠征するのは初めてです。

キャロル・キング&ジェームス・テイラー。

キャロル・キングについては一度行って詳しく書きましたし、
とにかくジェームス・テイラーを観たかったんです。

もっと正確に言うと、バックのメンバーを含めての彼らを観たかった。

ギターにダニー・コーチマー。
ベースにリーランド・スクラー。
ドラムスにラス・カンケル。

これだけ揃うだけで、もう小生あたりには涙ものなんです。
だから引き寄せられるように、土曜日のみなとみらいに
新幹線を飛ばしてしまいました。

三人とも、70年代前半のシンガーソングライターブーム、
後半以降の西海岸サウンドブームを陰で支えていた人たち。

ラス・カンケル。
彼自身も西海岸No1ドラマーでありましたが、最初のリア・カンケル、
そして二人目の故ニコレット・ラーソンと、
奥さん二人が大活躍した女性シンガーでありました。

リー・スクラー。
この連載に登場するのは二度目です。
TOTOの最後のツアーで、負傷したマイク・ポーカロの代役でベースで参加した、
白髪白長髭の孤高の仙人です。
ジェームスのレコードでは必ずバックを勤めていました。
TOTOのときは結構楽しそうにステージ上をウロチョロしていましたが、
今回はほとんど立ちっぱなしで淡々と演奏に集中していた、不動の仙人でした。

ダニー・コーチマー。
ジェームスとキャロルを結びつけたのは他ならぬこの人です。
彼は60年代末にキャロルと一緒に「シティ」というバンドを組み、
その後ジェームスと「フライングマシーン」を結成します。
この人が居なかったら、70年代前半のシンガーソングライターブームは
なかったかもしれない。

引き合わされた二人は、ロサンゼルスにあるトルバドールという
ライブハウスで始めて共演します。
そのトルバドールの開店50周年を記念して二人が再びライブを行い、
それがきっかけで世界を回っています。

山下達朗師匠じゃないですけれど、武道館はイヤですね。
どうせ仕事でいけなかったのですが。みなとみらいでよかったです。

今日のコンサートは二部構成です、とのアナウンスを聞いて、
いやな予感がしました。
この間のジャクソン・ブラウンとシェリル・クロウのように、
どっちが先か、で悩まなくてはいけなくなる。
誰がジェームスとキャロルの二人に甲乙がつけられるのだろう。

でも始まった途端、そんな不安は吹っ切れました。
二人は手を繋いで仲良く同時に登場してきたのです。

ステージに向かって右手にさっきのバックの三人が陣取り、
キャロルは左手のグランドピアノに。
ジェームスは中央にギターを持って、曲によって立ったり座ったりしました。

最初にジェームスから、我々の長い友情の集大成なんだ、
といったような今回のツアーの趣旨が簡単に説明され、
そのために昔からの仲間を集めたんだ、と、バックの三人を最初に紹介しました。






ほぼ、ジェームスとキャロルの曲が交互に並べられています。
1、Blossom (ジェームス)
70年のSweet Baby Jamesのアルバムの
渋い曲からスタートしました。
二人とも選曲はシンガーソングライターブームの時代を
意識したものになっていたといえるでしょう。
So Far Away、Way Over Yonder、
Smackwater Jack、 Sweet Seasons、
あたりの曲は前回のキャロル・キングのライブのリポートを参照してくださいね
(えらい手抜き、だってジェームスのことは一回取り上げる機会が
ありそうだったのに結局話題がそれちゃったんだもん)。
11曲目の”Beautiful”は前回は出てきませんでしたが
名盤『つづれ織り』からのセレクションです。

3.Machine Gun Kelly (ジェームス)
71年の Mud Slide Slim and Blue Horizonから、
またシングルになっていない渋い曲。

4.Carolina In My Mind (ジェームス)
68年のセルフタイトルのデビューアルバムからの曲で、
ベスト盤には必ず選曲されます。彼の故郷への慕情。

7.Country Road (ジェームス)
Sweet Babyから。
この曲のイントロとサビに出てくる同じフレーズは、
アコースティックギター教則本の定番になっています。

9.Mexico(ジェームス)
ブームも一段落してややと快適なサウンドを追及するようになった
75年の『ゴリラ』から。
「メキシコにはいまだに行ったことはないんだけどね。
なぜか想像で曲を書いちゃったんだよ」とのMCから始まりました。

10曲目は実際はメドレーで2曲からなっています。
キャロルが「二人は偶然にほぼ同じ時期に、
ずっと前の時代、をテーマに曲を書いていて、
しかも同じような進行だから、一緒にやっちゃうわ」といって、
キャロルのSong of Long Agoと
ジェームスのMud Slide Slim からのヒット曲
Long Ago and Far Awayが、
メドレーというより掛け合いで演奏されました。
今回ならではの企画で、鳥肌が立ちました。
全く興ざめですが、清水ミチコさんのネタで、
ピアノで右手で水戸黄門のテーマ、
左手で銭形平次のテーマを同時に演奏したらピッタリ合ってしまう 、
そんな感じでした。

13.Shower The People (ジェームス)
ますます都会的になってきた76年の
In the Pocketからのヒット曲で、
小生はリアルタイムで聞いていましたからすごく好きな曲です。
そして前回見たキャロルのコンサートみたいに、

14.(You Make Me Feel Like)
A Natural Woman を、聴衆も一緒に合唱して幕入りになりました。

二幕目。
一幕目は二人とも黒っぽいスーツを着ていたのですが、
暑くなってきたのか、ジェームスは黒シャツ、キャロルも深緑の薄着で、
やはり手を繋いで再登場しました。
挨拶は特になく、ジェームスが「これも僕の故郷、
ノースキャロライナの思い出を歌った曲なんだ」というMCから、
91年、今回の選曲では新しい New Moon Shineのアルバム
Copperline(15) から始まりました。

次はキャロルもピアノから離れてジェームスに寄り添うようにすわり、
ジェームスは「これはエヴァリー・ブラザーズのヒット曲で
よく知っていたんだけれど、アート・ガーファンクルのアルバムに入れるために
デュエットで録音したとき、初めてキャロルが作った曲だって知ったんだ」と
エピソードが披露されCrying In The Rainが
二人のハーモニーで再現されました。

キャロルの曲、Chains、 Will You Love Me Tomorrow、
It’s Too Late、 I Feel The Earth Moveあたりは
また上掲のコラムを参照してください。

19曲目のJazzman前回は演奏されませんでした。
75年、やはりキャロルも都会的なサウンドになってきたころのヒット曲で、
アル・スチュアートを髣髴とさせる曲です。

18.Sweet Baby James (ジェームス)
既に何度か出てきた同名アルバムの曲で
「同じ名前の甥っ子の子守唄にするために書いたんだ。
ここのみんなは眠くならないことを祈るよ」と笑いを取りました。

21.Steamroller Blues (ジェームス)
これはブルースのカバー曲で、やはり Sweet Babyで最初に録音されて、
最初のベスト盤ではライブバージョンが収録されました。

23.Fire And Rain (ジェームス)
そろそろオーラスで、大ヒット曲が出てきました。
やっぱりSweet Babyからの、
シンガーソングライターブームの嚆矢になったような曲。

そしてやっぱり最後は
25.You’ve Got A Friend
やっぱりこれですね。
キャロルが書いてジェームスがMud Slide Slimから
シングルカットして大ヒットさせた。
これをデュエットで、誰もが想像できた光景だったと思います。

これをやってとりあえずみんなのお目当ては果たせただろう、ということで
二人とも手を振ってバックに引っ込みますが、
鳴り止まぬアンコールを求める拍手。
再登場して、二人は寄り添うように、
ジェームスのギターに合わせてハーモニーを聞かせてくれました。

26. Up On The Roof
キャロルが書いて、前回のキャロルのコンサートでも取り上げられ、
ドリフターズ(しつこいようですが「全員集合」のあれではありませんよ)
のヒット曲ですが、ジェームスも79年のFlagでカバーしている、
二人とも録音している曲ですね。

27. You Can Close Your Eyes
これは武道館ではやらなかったようです。
Mud Slide Slimに収録されていて、
ライブではよく取り上げられる、しっとりとしたバラード。
そして二人とも立ち上がり、聴衆にも立ち上がって、と要求します

28. How Sweet It Is (To Be Loved By You)
ジェームスが『ゴリラ』でカバーしたマーヴィン・ゲイの曲。
二人も、聴衆も、一緒に歌って踊らにゃソンソン。そして

29. Locomotion
意外にもジェームスがソロで歌う部分が長かったです。
彼も実は好きなんでしょうね。
キャロルは最前列の人たちとハイタッチの波を作って、
バックの人たちと肩を組んで一列で一礼、本当に終わってしまいました。

いやあ、よかった。お察しのとおり、
結局ジェームス・テイラーを観にいったようなものですが、
バックメンバーも含めて大満足です。新幹線を飛ばした甲斐があった。

それにしても、東京はいいなあ。
ビルボードライブなんか、毎週一回は通いたいくらいのラインアップをやってる。
そちらの地方の皆さんは、一極集中の有難みを感じてください。


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HAWAII CALLS
K.C KIUCHI
 Update 2010/5/4
ブログ

今日はブログらしいブログを、書いてみたいと思う。
今この文章は、太平洋上で書いている。
元々ブログは、日記である。日々あったことなどを、書き記す。
何故か僕のブログは常に写真付きである為、毎日とはいかない。
今日、飛行機に乗ってふと考えた。
今日は、その日あったことを書いてみようと。
まずホノルルを飛び立って、15分後にはカウアイ島が見えた。
ハワイ諸島に11年暮らすも、まだ1度も行ったことがないカウアイ。
空の上から、近いうちに必ず行こうと決心した。
そして、飲み物のサーヴィス。気にいっている、スカイタイムを注文する。
食事はかなり昔より、グレードアップしたカレー。
これはまずまずだ。
次に映画を見始める。
僕はホノルルから成田に向う機内では、映画を3本見るのを習慣としている。
まずは1本目。
釣りバカ ファイナル
いつもこれを見て思うことは、やっているとついつい見てしまう。
大衆心理と云うものであろうか。
流石にほのぼのさせる脚本は、一級である。
しかし三国連太郎のXデーを待たずして、ハッピーエンドは見事であると云えよう。

2本目はマイレージ マイライフ
期待して見なかったせいか、すこぶる良かった。
いつも飛行機に乗り、この歳で独身であり、気侭に暮らす自分としては
「んーと」唸ってしまう内容であった。
簡単に解説すると、アメリカ中を仕事で駆け回るジョージ クルーニーは、
バチェラー生活の見本のような、スマートな生活と仕事の旅をしている。
その出張が、経費削減でなくなると云うもの。
そのうちに、自分の人生これでいいのか?と自問自答する。
幸せな家族と家庭。温かな家のぬくもり。
自分の今までの人生と、今後の人生を比較して彼が学んだものは……
撮り方もまたいい。クレーマークレーマーの頃のような映像。

3本目
恋するベーカリー
凄く現在幸せな女性が、10年ぶりに再会した元夫と再会し、愛が燃え上がる物語。
彼女は、子供はいるが、男なし。
元旦那は、妻と子供あり。
しかしメリル ストリープは、いくつになっても最高の演技をする。
この斜陽の女性も、まず絶妙。
見方を変えると、クレーマークレーマーの頃とあまり容貌は変化していない。
30年経過してもそう見えるのは、お化けの部類に入るかもしれぬ。
でも10年ぶりに再会して、相手に妻子があったら自分では心が揺れるかどうか、
ちと考えこんでしまった。
とまぁ今日はつまらない小言を、機上から案内したいと思う。


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